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カオスの時代を生き抜くチカラは美を見出すチカラ

〜激動の時代に心を震わせエネルギーに満ちながら進む主体的な力〜

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まずは・・美とは何か。

それは、心の琴線を震わせ、魂に湧き出づるエネルギーをくれるものだ。

そして、何に美を感じるかは、人によって異なるに違いない。微妙な差であったとしても。

花弁の華やぎや色合いのように視覚で見えるものもあるだろうし、小さな虫たちの切なる生命の営みや、他人への深い思いやりといった、視覚として見える以上の、奥行きをもったものかもしれない。

なおかつそれは、受動的に感じるものだけでなく、積極的に・・主体的に、そして上限なく見つけていけるものなのだと思う。

つまり、美はいくらでもみつけることができるし、限りなく心を震わせることも、それによって限りなく魂にエネルギーを貰い続けることができる何かなのだと思う。

示唆的なイエスの逸話がある。

弟子たちと一緒に野原を歩いていたイエスは、道端に死んで腐った犬をみつける。

悲惨な光景に、イエスは立ち止まって・・何を言ったか。

「この犬は、なんてきれいな歯をしているのだろう。」

・・・恐らく犬から目を背けたくなった弟子たちは、一体そこで何を思ったのだろう?

そしてもしそこに自分がいたのなら・・一体どんな反応が出来るのだろうか?

目をそむけたくなるほど醜いものの中にすら、美をみつけていくこと。

悲惨な状況からですら、目を背けることなくしっかりと見つめ、心を震わせる視点を見つけること。

それは、恐れを超えて現実を見つめるからこそ見えてくる美であるし、そういった意味で、単純なポジティブシンキングとは異なるものだ。

地球はいま、間違いなく変動期にある。気候の変化、社会の変化は加速してゆくのだろう。

未知の時代・・カオスはきっと止められない。

その中で、自らに力を与え、そこから新しいものをクリエイトしていく力は、恐れなくカオスを見つめながら、そこから自分にとっての美を見出し続けるチカラなのではないかと思っている。

今年の夏の燃えるような暑さの中で、懸命に根や葉を張り息づいていた草花の営みに美が見えるかもしれない。

社会が大きく変動するなかで、自分自身の夢や願いに繋がり、自らのミッションを探りながら生きようとし始めている人たちの動きや思いに、美しさを見出せるかもしれない。

どんな状況からでも自分にとっての美を見出し、心を震わせ続けるのだという、意志を伴った主体的なチカラをいかに持てるか。

そこに、次の時代を開いていくための重要なカギがあるように思えてならないのだ。

written by Kayoko Tamari 9.2.2018

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